香港でマルチリンガル育児

「日本語が綺麗な」マルチリンガルを育てるブログ


生まれも育ちも日本の香港マニアが二児の母になり、
ヒーヒー言いながら子育てをしているブログ。
表向き「マルチリンガル 」を育てていますが、
テキトーな性格でなんとか生きています。

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卵巣を片方摘出して一年経過!影響や体調は?卵巣嚢腫再発から卵巣癌に

卵巣が一つになりもうすぐ一年経過!

2018年の7月、第二子を産んで4ヶ月目に片方の卵巣と他臓器三つ摘出しました。他の臓器はなくなってもあまり影響はなさそうですが、卵巣はホルモンが出る女性の大事な臓器です。その卵巣が一つになってからの話です。癌のステージや、年齢、体質、生活環境や手術の傷の治りなど、経過は人によって変わってくるとは思います。異国で2児の子育てに終われ、わりとハードに生活している私の状況です。

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卵巣1つで生きていく

卵巣を片方摘出する前の気持ち

早く取って欲しい気持ちの方が強かった

卵巣摘出手術前は、卵巣が一つになってしまうことへの不安はさほどありませんでした。主治医に、卵巣を片方摘出しても体にあまり影響はないこと、卵巣一つでも妊娠可能であるとを言われていたからです。それに、32歳で卵巣を両方摘出してしまう方が、体への負担がかかるということでした。早く癌の原発を取ってくれ!という気持ちの方が強かったです。

癌とわかる前に、小林麻央さんのブログを読んでいたのですが、麻央さんが抗がん剤をするかどうかの時に、子供を持てなくなるだろうと言われて「二人いるから大丈夫です。」と答えたことが強がりだったかもしれない、少しの後悔があるというのを見たことがあります。とても気持ちがわかります。

何故なら、この身体になってしまったとしても子供がまだ欲しいなと私も思うことがあるからです。その選択が完全にできないのとできるのは大きな差があります。

卵巣が一つになっても体感する苦しさはない

体調はとても良いです

卵巣が一つになったから?と結びつけるような体調不良はありません。

私は生理痛生理不順不妊不正出血腹痛等、何も自覚症状が無いまま卵巣嚢腫、嚢腫のみ摘出後の再発、そして卵巣癌宣告を受けました。 

  1. 2015年妊娠時5cm卵巣嚢腫
  2. 同年帝王切開で摘出→良性判定
  3. 2016年卵巣嚢腫再発→MRI良性の所見
  4. 2018年帝王切開にて摘出→初期癌判定
  5. 同年片方卵巣、他臓器摘出

2015年の卵巣嚢腫は、最終的に15cm以上、500mlも入っていました。それでも良性判定でした。先生曰く、その時に悪いものがあったかもしれないけど、今となってはそれはわからないよね、と。

monmishe.hatenablog.com

私は苦痛に感じるレベルの生理痛がありませんでした。婦人科系にはとても自信があったくらい。毎回、泣くほどお腹を痛がる周りの友人こそ、婦人科系大丈夫?と心配していました。

生理前のニキビ、眠気等は感じることはありました。ただ、20代後半から、生理前にイライラすることがありました。しかしこれも、一般的なホルモンの影響だったと思います。

 

卵巣片方での生理やホルモンバランス

とにかく順調である

相変わらず生理痛、生理不順はありません。卵巣が片方しかなくても、毎月ちゃんと生理が来るのですね。不思議と、生理前のイライラが少なくなりました。肌荒れもありますが、なんだか悪い卵巣を摘出してしまった後の方が、経血の色も綺麗だし、高校生くらいの頃の感じに戻った気がします。

またすぐにでも妊娠できそうな気がするほど笑!

「癌」のことを考えること

生活の中で癌のことを考えることは、全くありません

私が苦しんだのは、香港の病院からレターをもらい宣告まで病院とやり取りしていた時間くらいですねー。あとは、術後に日本から香港に戻りまだ完全に回復していない時、何でも病気に結びついてしまうことを経験したこと。胃腸炎や、少しでもどこか痛くなれば転移した!?という思考になり、調子が悪くて少々投げやりに暮らしていました。PET CTMRIでお墨付きをもらうまで、自分の体がよくわからなくなっていました。

monmishe.hatenablog.com

結果に安心してから「やっぱり初期だったんだ」と始めて信じることができました。

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家族も乗り越えている

悲しむ人がいなかった。少なくとも私の前で

卵巣癌の可能性と結果をもらってから詳しい診断までのこと。幼稚園にまだ行っていない娘がお昼寝している横で、生まれたばかりの息子を膝にのせて「あー。私この子達の成長を見られないんだー。死ぬんだ~。」と思っていた時間。一人になるとあれこれ考えてしまったり、検索魔になってしまったり、ダメだダメだと夫に「一人で辛い。私は死ぬのか?」と連絡をとっていました。

いま思うと、母も辛かっただろうな。母にも「死ぬのか?私癌だよ?」と電話したり。母には「大丈夫だから。しっかりしなさい。子供たちを見ていなさい。」と言われた気がする。母の涙も見たことがないし、マイナスな言動を一切しなかった母は、やっぱり私のお母さんだ。ここでも「娘は大丈夫。」と信じてくれて、ずっと明るくしていました。

母が唯一焦り?が見えたのが私が手術室に入る前。術後は授乳ができないため、胸が張らないように手術前に息子に授乳をさせる予定でした。それが!車が混んでいて、手術の20分前くらいに到着したんです。それで、急いで授乳。その間、母はあれやこれやらバタバタ動いていて「落ち着かないから静かにして」とお願いをした覚えがあります。

あー、でもそんな時間もすっかり忘れました!!!そんなこともあったなーくらい。

私は癌患者ではなくて「癌サバイバー」なので、病気と一緒には生きていないですね。それに、波瀾万丈でいつかどこかで話すのにおもしろネタでしょ!ってくらいおいしいと思っています。

まだサバイバーじゃないかもしれないですが(時期的には寛解していないから)そう思って生きています!

癌に悲壮感漂い過ぎ〜!

それから、癌だからって悲壮感漂い過ぎなんじゃないかと、癌になって感じました。私の友人、特に仲の良い人たちは「癌」て聞いて悲しい顔をする人はいませんでした。どんなに救われたか!

一番は、癌でも心を奪われなければ大丈夫。好きなことに時間をつかい、好きなものを見て考えることまで病気は奪えないですよ。

本当に遅かれ早かれみんななりますからね。人生の楽しみ方を早く知っておくと、どんな時も心は奪われずに保てるのでは!と思います。

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毎月、一つで頑張ってくれている私の卵巣ちゃん、ありがとう!

マリー

手術前後からの愛用品