香港でマルチリンガル育児

「日本語が綺麗な」マルチリンガルを育てるブログ


生まれも育ちも日本の香港マニアが二児の母になり、
ヒーヒー言いながら子育てをしているブログ。
表向き「マルチリンガル 」を育てていますが、
テキトーな性格でなんとか生きています。

白花油
紫花油
福仔
均隆
心を落ち着かせる曲 香港 病院
24時間 香港 病院 救急外来
子宮頸がん検診 香港 病院
香港 病院比較 公立 私立 クリニック

教育にお金をかける親が正解か?教育はお金で買えると言う人、買えないと思う人。

教育はお金で買えるのか?

「教育がお金で買えるかどうか」は賛否どころか、両極の意見を単純に分けられないものです。教育の目的や目指すものなど、何を指してそう言っているかでも大きく変わってきます。教育にお金をかける親が正解なのでしょうか?幼児教育にお金をかけることが子供の為になるのでしょうか? 

そもそも教育って何のこと?

教育とは何でしょう。いい学校に入れて、良き友を得て、いい知識を得ることなのか。何か特別な能力を身につけることなのか。その目的は、良き職業を得ることなのか。良き職業は、結果その人にとって良い職業だったのだろうか。

「教育は学校で学ぶこと」だけではないと思います。人間は、生きる時に思考し、選択し、行動し、継続していきます。その思考、選択、行動、継続できる幅を広げるのが教育なのではないでしょうか。

まず、思考することは容易いことではないです。「人間は思考する生き物だ」と言いますが、浅はかな思考しかできなければ、浅はかな人になるでしょう。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

マザーテレサ

思考するために必要なのは、経験や知識ではなく、より多くの言葉、つまり単語だと言います。とある地域では、10以上の単位が無いと聞きました。10以上の単位がそれ程必要ないんですね。もし20と言いたければ「10と10」と表現するらしいです。100なら「10と10と……」と言うのです。話はそれましたが、人間は自分の知っている単語以上の思考はできないと思うんですよ。よくわからなくて無かったものになったり、漠然とした不安に悩まされ続けることでしょう。

心について教えてくれたらいいのに

リベラルアーツ教育が学校だとして、その他、人間として生きていく術はどうやって身につければいいのでしょうか。最近、思うんですよね。いらん勉強は削ぎ落として、もっと心の構造や、コントロールの仕方等、精神面を教育の一環で教えてくれればいいのに。人間は感情を持った生き物で、自分自身が苦しむことが多い中、それをもっと体現的に学べればどんなに役立つのだろう。やれ親がどうだ家庭環境がどうだというのなら、恵まれない環境に生まれた時点でまるで不幸に聞こえます。例えどんな心をもとうと、心を育てる教育があれば救われる気がしますね。全て同じ思考をするロボットを作る教育と言っているのではないですよ。どんな環境に生まれようと、どんなトラウマ案件を抱えようと、教育の下は公平であり、その心と付き合い幸せに暮らせるように、心の構造やコントロールについて体現的に学べたら少しでも意味がある学問、教育になるのではという考えです。

 

私が見たパターン

「教育はお金で買えない」

大雑把に言うと私は「教育はお金で買えない」と思っているので先にこちらを話します。

子供の頃は、教育といえば「参考書を買う」「習い事をする」「塾に行く」としか思っていなかったので、目に見えた知識をつけることはお金で解決するものだと思っていました。お金がなければ、それを受け取ることができないと思っていました。だから、留学の費用を出してもらったり、英会話スクールに行ったり、お金がないと学習できないから親、頑張って!と思っていました。

お嬢に難があって 

とても裕福なお嬢様がいました。"金銭的に"は何不自由なく育っています。だけど、母親はいわゆる一般的な母ではなく、母親としての役割は外注し、教育も外部に頼ってきました。それがその家庭のやり方だったのです。でもお嬢様は、心に不安を抱えました。欲した愛の形が、受け取れなかったのです。そうすると、問題をたくさん起こすようになりました。一家の目の上のこぶとなりました。金銭的に不自由なく満足な教育を受け、難しい問題も解けます。 だけど、人間の一般常識が欠けてしまっていたのです。金銭感覚も養われませんでした。

これが、教育の賜物なのでしょうか。私は凄いものを見た気持ちになりました。私より確実に頭がいいし、高度な教育も受けているし、叩けばどんな教育の機会も与えられるのです。どちらの人生がいいかは別として、本人が違和感に苦しんでいる以上、教育は成功しているとは言えないのでは。きっと、結果的に失敗しているのではなく、歯車が狂っている時点で親が気付けなかったからなんですよね。

教育って、お金で買えないんだと目の当たりにしました。

何でも、学べるのがいいことか 

ある時、高校の国語の先生と、短歌の表彰式に二人だけで北関東かどこかに遠出しました。その国語の先生は医者一族の娘で、ご主人もお医者さん、息子さん二人も医大生で、家計のためではなく趣味のように高校の国語教師をしていました。普段電車にも乗らず、切符の買い方さえ私が教えた程の、どこかのお嬢女優のような先生でした。

その先生が話してくれて印象が残っていることがあります。

先生「私の姪っ子はね、やりたいことが見つからなくて、やれアメリカだ、やれイギリスだと留学ばかりしているの。」と困った様子。

海外に目が向いていた私は「羨ましい!!」と思ったと同時に「やりたいことが定まらないってすごく苦しそう」と思いました。

「教育はお金で買える」

以前もお話をしたことがありますが、優秀な息子さんをもつ(東大理学部大学院卒、現在癌研究)隣のおばちゃんとの話です。おばちゃんは、クリスチャンです。そんなおばちゃんにこんなことを聞かれました。

お「マリーちゃんは、お金は必要だと思う?」

唐突な質問やな。

私「ん〜。お金で幸せにはなれないけど、必要だと思う。」

お「そうね。一人の貧しい女の子の話ね。女の子はお金がなくて盗みをしないと生きていけない。その子は神様に悪い盗みをしなくていい少しのお金をくださいと祈ったのよ。」

おばちゃんも私から何かを引き出そうと思ったわけではなく、ただ単にこの話をしたかっただけなんだと思います。

お金が不足すると言うことは、自由と選択肢を奪うことになるんですね。

貧困地域でも、学校にさえいえければ道は開けるとよく目にします。それさえ奪われると貧困は連鎖すると。 

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

 

私の変わった兄は、教師のくせに←教育はお金で買えると断言します。何の綺麗事も理想論も無く「教育は金でどうにかするもんだ」と言います。そういう意見もあるだろうね。ギフテッドに加え、双極性障害を抱えているから、いつも極端過ぎるんですが。

掛ける部分、掛け方にこそ親の賢さが問われる

私はどちらかというと、より豊富な知識を得るだけより、より良く生きられる術を身につける方を大事にしたいです。成績の良さより、賢さの方。

この学校に入れれば、この塾に入れればというのは絶対に無いと思っています。そこに行けば未来が保証されている学校なんて1つもないですし。だから、頭と共に心との付き合い方を知ればいいと思うんだな〜。そんなことができたら最強になる。

苦しむお嬢のように、精神面のサポートが欠けたら怖いし。あなたは無敵だという思い込みも傍若無人な人間になりそうで怖い。

以前、少し働いた会社の、ある科が、もう東大京大卒揃いでした。私は頭がいい人が大好きです。何故なら、私の話を簡単に理解してくれるから。話も面白いし、足らない言葉でも理解できる頭の良さがあるんですね。ただ、毎日毎日毎日毎日「東大は」「京大は」というワードが出てくるんです。それいる笑?お昼休みも東大は、京大は、、、。あのー、みんなそんな大学の話しますかね。頭が良いのはわかったけど、それを基準にしか話がないのかい。大学愛が強すぎだと思いました。東大京大卒あるあるなの?

みんながそうではないし、極端な例を挙げていますが教育がお金で買えれば苦労しないんだな~ 。

もっと掘り下げたい話ですね。 

 

マリー

monmishe.hatenablog.commonmishe.hatenablog.com