【子育て】好きなように生きることと選択肢を与えることの狭間
コロナの中、みなさんどうお過ごしですか?
「コロナ禍」とか言うのがあまり好きじゃないんで「コロナの中」にこだわっています。
私は時々記事を更新していましたが、やはりギリギリのところで保って過ごしていました。
子どもについては、学校頼みなところが多いのに学校にも行けない。
香港はSARSのトラウマか、物凄く厳しい対策をしていましたよね。
そうはいっても、それで感染者は少なかったかもしれないし、何が良いのか良かったのかは歴史になってからじゃないとわかりません。
明らかなおかしい対策は、香港はそこまでなかったのかもしれないとも思います。その時々で、一番の対策をしたのだろう、と。
どこにいても、例え日本人だから日本にいようとも嫌なことは起こります。
幸いなことに、私は香港が大好きなので、香港で嫌なことがあってもあまり引きずらないんです。
嫌なことをされたとしても、嫌なことをされたことには腹が立ちますが「これだから香港は嫌だ」「これだから香港人は嫌だ」という海外トラブルの思考あるあるは起きないんです。
「罪を憎んで人を憎まず」みたいな大げさなものではないですが、まさにそれなんですね。アット香港の場合。
私は癌サバイバーでもあるし、息子は先天性心疾患だったり(穴は塞がりました)、生きるとか死ぬことを人よりも考えてきたように思います。
私も夫も少々変わっているけど高学歴とか人が尊敬するような職業についてもないけれど、子育てについては悩むことも多いです。
「自分らしく生きる」とか
「好きなように生きる」って現代人は難しいんですよね?
私も夫も駐在員ではなく、好きで香港に住んでいるので「自分の選択でここにいる」と言う意志が強いです。
だけど、どうやってこんな風に自由に生きるようになっただ?って考えるんです。
勉強を一生懸命やって、大人が凄い!と言う人生を生きた人が好きな職業についたり、好きなことをして生きているのかというと、そうでもないような。
夫も私も勉強はできる方ではなかったです。
幼稚園の時から覚えていますが、常に「What's goin' on?」状態だったし、小学校も授業内容を聞いた覚えがない笑
それをやばいと感じた母が、中高一貫の女子校の入れそうなところに受験をさせて都内の私立に進学しました。
そして、アメリカの大学を希望していたけど、こんな「日本にいる自分」が中途半端ではいけない!と思い、国内留学のような立命館アジア太平洋大学(APU)にたまたま進学できました。
なんか、運だけなんですよね笑
一度も「勉強をしなさい」と言われたこともないし、好きなことしかしてこなかったのに、好きな人生は生きれている、そこがなぜかというのを考えていました。
子どもも、このまま得意を伸ばせば良いのか、何も押し付けずに自由にさせていれば良いのか、悩みますよね。
何者かになれと言われなかった自分、自由に好きに生きれているから快適に思う、だけど子どもは何者かになった方が良いんじゃないかと模索する、これは矛盾している。
一体どうすればいいんだ。
こんな時に、日本に帰りたくなる。
現実逃避ほど意味がないものはないと思っているんだけど、帰国する度に行く奥多摩とかにたまに行きたくなる。
Twitterで、海外で子育てをしている方をフォローするのが好きなのですが、みなさんその時々の環境を楽しまれて、自分で対処して、何かあってものらりくらりやっている方々を見るととても励まされています。
あ、そうだ。
私は、どんな環境でも根を張り花を咲かせるような強い子どもを育てたかったんだよな。
マリー